のぶ歯科 勤務医の先生の声

42歳(入職時)女性 非常勤で6年在職

 「野戦病院のような環境で治療のスキルとスピード、患者さんとの交渉能力も身に付きました」

ー先生はなぜ歯科医師の道を選ばれたのですか?

10代の頃から「結婚しないかもしれないから自分の食い扶持は自分で稼ごう」と決めていたんです。人から尊敬される仕事をしたいなと思っていて、医者は一年浪人しないと難しかったので、婚期が遅れるよりは早く稼げるようになりたい、と思って歯科に進みました。学生時代はあまり真面目ではなく、無駄だと思う勉強はせずに要領よくやっているタイプでした。

ー大学を出てから何軒のクリニックで働きましたか?

5軒くらいです。

ーのぶ歯科に入ろうと思った理由と、入ってからの感想を教えてください。

副院長と友達だったので、勤務医の先生が辞められたと聞いて、勤めさせてもらうことにしました。うちは下の子供に障がいがあるんですね。当時は、子供の通院のためにフルタイムで勤務していたクリニックをやめて、非常勤で就職活動をしていたところでした。

のぶ歯科に入ってみると、いい意味で、他と違いました。いままでのクリニックは、歯科医師目線で儲かることが第一というスタンスでした。もちろん儲かることは大事ですが、のぶ歯科では、まず患者さん目線で満足度が高い治療をする。結果、たくさん患者さんが来て儲かるという好循環がありました。

-のぶ歯科に入る前と比べて、先生にはどんな変化がありましたか?

のぶ歯科には6~7年いましたが、とにかく患者さんの数が多いので、野戦病院のような環境で確実に力がつきました。のぶ歯科で身についたものを3つ挙げるとしたら、①スキル ②速さ ③人間力(交渉能力)ですね。交渉能力に関しては、とにかく患者さんの数が多いので、中には癖のある患者さんもいらっしゃるのですが、患者さんをうまく促し治療を進められるようになりました。

ー振り返って、のぶ歯科はどうでしたか?

すっごい楽しかったです。スタッフもいいし、院長とも仕事がしやすかったです。院長は寡黙な方なので、人によっては慣れるまでやりづらいと感じるかもしれませんが、私はまったくやりづらさはなく、本当に好きなようにやらせていただいていました。もし意見が違っても、こちらに理由があれば受け入れてくださる院長です。院長自身が勉強熱心ですし、いろいろ挑戦もさせていただけました。
私はいまは開業しているのですが、それは100%子供のため。もともと開業の意志はなかったので、子供のためというのがなければ、ずっとのぶ歯科にいたかったです!

32歳(入職時)男性 非常勤で5年在職

「当時、年間2000個の入れ歯を作っていたのぶ歯科。口外出身の私は非常に学ぶことが多かったです」

ーのぶ歯科に入られるまでの経歴を教えてください。

ずっと口腔外科にいました。大学病院の研修医からスタートし、3年めで関連病院に。病院では一般の歯科治療をする機会もあったのですが、入れ歯で悩むことが多く、「入れ歯の勉強がしたい」と考えるようになりました。難しい入れ歯を1個作るより、症例数が多く、たくさん経験できる環境がいい。その視点で歯科医院を探していたときに、広島大学の同窓会で丸橋院長とお会いしたんです。「年間2000個の入れ歯を作っている」と聞き、それはすごい!と非常勤で働かせてもらうことになりました。

ーのぶ歯科に入ってみて、ギャップはありましたか?

いい意味で、入れ歯作りについては「こんなにシンプルでいいんだ」と感じました。シンプルなんだけど要点が押さえられていて、数をたくさん作って、患者さんの満足度も得られている。考え抜かれたシンプルさ。その価値は、間近で見なければ学べなかったと思います。

ーのぶ歯科で過ごした年数と、その中で先生自身にどんな変化があったか教えてください。

非常勤で5年ほど働き、質も量も非常に豊かな臨床経験が詰めました。おかげで今は入れ歯治療に自信があります。当時のぶ歯科は入れ歯を年間2000個作っていました。2000個って桁外れの数字です。とにかく患者さんの数が多いので、様々なケースを見ることができ、セミナーでは得られない濃い経験を積めました。
口腔外科では「抜歯」をしますが、じゃあ歯がなくなったところをどう補うのか?という部分が自分は弱かったので、入れ歯の勉強ができたのは本当にいい経験でした。

ー治療以外で、のぶ歯科から学んだことは?

丸橋院長は何でもオープンにされているので、突出した経営論も間近で見させていただき、非常に勉強になりました。のぶ歯科はマネジメントも特徴的でした。スタッフがみんな本当に自主的に動いているんです。もし院長が倒れても医院が回るシステムが確立されていて、すごいことだと思っていました。このシステムは作りあげるまで大変だったと思います。

ー「働きやすさ」という点ではいかがでしたか?

非常に働きやすかったです。のぶ歯科には院長、副院長をはじめ勤務医の先生も複数いらっしゃるので治療方針がズレたりすることもあるのですが、工程表を確認し、バランスをとって進める仕組みができていました。のぶ歯科にはルールがあって、それを守る手間もありますが、ルールがあることによる動きやすさのほうが大きいんです。歯科でありがちなのが、勤務医の先生ごとに癖が出て、医院の治療方針がバラバラになる。そのズレを埋めるためにミーティングや勉強会をたくさん開くというケースです。のぶ歯科ではそういったことは必要なくて、ルールを守りながら、各自のやり方をアジャストさせていける感じでした。私は「これくらいルールがあるほうが動きやすい」と感じていました。

のぶ歯科は力をつけたい先生にはとてもおすすめの勤務先です。
たくさん患者さんがいらして、時間をかけるのは難しいときもある、だからこそ密度濃く治療をしてパワーアップしていけます。丸橋院長は新しい技術も積極的に取り入れられているので、若手の先生も楽しいと思います。

28歳(入職時)女性 非常勤で2年在職


「最初は忙しすぎてびっくり。外科しか知らなかった私も幅広い歯科治療に自信がつきました」

-先生はなぜ歯科医師の道を選ばれたのですか?

高校時代、医療系を目指す友人が多かったので、医療という分野は自然に選びました。歯科を選んだのはちょっと不純な動機で…もともとはお医者さんになりたかったのですが、受験のとき実力が足りなくて歯学部を選びました。

-大学時代はどのように過ごされましたか?

アルバイトをたくさんしました。歯科助手や、ホテルのクローク、受付などの接客も。勉強は得意なほうでした。自分で言うのもあれですけど(笑)、わりと上から数えたほうが早かったです。いまは大学院生で、ずっと口腔外科にいます。

-のぶ歯科に入られた、きっかけを教えてください。

口腔外科にいると、当然ですが外科ばかりの処置になります。歯医者さんと聞いてみんなが思い浮かべるような、虫歯など普通の治療の経験が圧倒的に少なかったんです。先輩に「歯科の仕事がひととおり最低限できるようになりたい」と相談したら、「神戸大の先生が何人かのぶ歯科に行っていて、みんな上手になっているよ」と教えてもらい、私も紹介してもらいました。

ーのぶ歯科に入って、想像と違ったことはありましたか?

忙しすぎてびっくりしました(笑)。私が知っている他のクリニックはアポの間隔があいていましたが、のぶ歯科は終わったらもう次の患者さんがいらっしゃる。次から次へと治療してあっという間にその日の診療が終わります。また、「歯がボロボロ」という看板を見てこられる方が多いので、1本直して終わりというケースは少ないんですね。お口全体を見て治療のゴールを考え、どんな順番で治療するのか考える。そういった機会が多いのも非常に勉強になっています。院長も副院長も勤務医のことをしっかり見てくれて、困ったことを気軽に聞ける環境です。また、院長は新しいことにすぐチャレンジしていかれるので、こういうこともあるんやと、大学病院では見られないことを学べています。

-のぶ歯科に入る前と入ってからで、変わったことを教えてください

自信を持って治療ができるようになり、治療方針の立て方も身につきました。大学から指定された他の病院に1人で赴く機会もあるのですが、そこでも、のぶ歯科で学んだことを生かして「こうやって治療していこう」と自分で考えられています。他には、たとえば痛みが出る可能性があるとき、事前に説明しておけば、もし痛くなっても患者さんの不安を減らせる。そういった「説明の仕方」なども学びました。

-のぶ歯科は働きやすいですか?

はい。とても働きやすいです。丸橋院長は頭ごなしに反対するということがないんですね。治療の進め方など、私から「こう思ったんですけど」とお伝えすると、「そうなんやー」と聞いてくださって、そういう意見もあるんやね、それで、次どうしていきたい?と聞いてくださいます。そのおかげで私も「自分で考え治療する力」がついたのだと思います。

30歳(入職時)男性 常勤で3年在職


「治療とスタッフ教育。多くを学び、心強く開業できた。のぶ歯科の経験なしに開業したら大変でした(笑)」

ー先生はなぜ歯科の道を選ばれたのですか?
実家が歯科医院だったんです。歯医者になれと言われたことはなかったのですが、高校生になって進路を考えたとき、長男だし、と歯科大を選びました。子供の頃、父と地元を歩いているとき、患者さんから「先生」と声を掛けられたり、お礼を言われたりする姿を見ていたのも大きいかもしれません。

ーどんな学生時代を過ごされましたか?
勉強はあまり頑張ったとはいえなくて、ラグビー部が主体…「歯科大ラグビー学科」に通っていたような感じでした。

ー卒業後はどのようなキャリアを積まれましたか?
神戸大の口腔外科から始まり、外科ばかり5年ほど経験しました。その後、三宮で勤務医として働き、さらに別のクリニックの分院長を2年ほど務めました。三宮と分院長を務めたクリニックは、どちらも浅く広く治療する普通の町の歯医者さん的なところでした。
その後は開業を考えていたのですが、いいテナントが見つからない。でも勤めていた分院がなくなることになって。テナントが見つかるまで置いてください、という感じで、もともと知り合いだった丸橋院長のところで働かせてもらうことになりました。当時、のぶ歯科は義歯をがんばられていました。自分は長く外科にいて、義歯に関して強みがなかったので、そのあたりを勉強したいという思いもありました。

ーのぶ歯科に入って、いかがでしたか?

勤めさせてもらって本当によかった。自分はもういつでも開業できると思っていましたが、まだまだだったと気づかされました。のぶ歯科を経験しないで開業したら大変な目に遭ってたと思います。のぶ歯科には3年ほどいたのですが、義歯の知識と技術、スタッフ教育、一般治療に関しても「そういう角度から見るやり方もあるのか!」という驚きがあったり。たくさんのことを教えていただきました。
丸橋院長はいわゆるワンマンではなく、みんなの意見を聞きながらみんなで考えるスタイルなので、勤務医として仕事しやすい環境でした。

ーのぶ歯科で学んだことを、3つ挙げるとしたら何ですか?

1つめは義歯の知識、技術です。開業してから本当にためになりました。

2つめは、全体的な治療プランを立てる技術。患者さんのお口の中とレントゲンを見て、その場で、できるだけ短時間でスムーズに計画を立てていくんです。以前の職場でもある程度はやっていたことですが、以前の職場では、ざっくりした流れだけ考えたら、あとは単発の治療をしているイメージでした。のぶ歯科では、ひとつの治療として全体の流れを考える。そうするとスタッフや他の勤務医の先生とも共有できますし、大きな予定変更もなくなるんです。

3つめは、スタッフの動かし方です。のぶ歯科では、院長がみんなに指示を出すのではなく、マネージャーが采配を振るスタイルが確立されていました。院長にも、マネージャーから指示が飛ぶんです。その仕組みの中で、医院全体が非常に効率よく回っていました。いま自分も開業して、のぶ歯科とそっくり同じにはしていませんが、歯科助手、衛生士、みんなで患者さんの治療計画を共有するスタイルは取り入れています。

ーのぶ歯科に入る前と後での、先生の変化を教えてください。

心強く開業できました。

-独立開業されて、振り返って、のぶ歯科はどうでしたか?
のぶ歯科で働いてよかったです。開業当初は「もし失敗したら戻りたいな」と思っていたくらいです。自分が独立した後、たくさん広告を出されて、めちゃくちゃ忙しくなったと伺っています。新しい取り組みもされているようなので、また今の診療風景も見学に行きたいと思っています。

42歳(入職時)男性 常勤で6年在職

「給与は4倍に。忙しさに慣れるのに2年かかりましたが、効率よく診療できるようになりました」

ー先生はなぜ歯科の道を選択されたのですか?
実家が歯科医院で、子供の頃から歯医者は身近な存在でした。とはいえ子供の頃から歯医者になろうと決めていたわけではなく、具体的なイメージを持ったのは高校生くらいになってからです。

ーどんな学生時代を過ごされましたか?
勉強はあんまり…。大学時代にがんばっていたのは部活ですね。

ー大学卒業後、のぶ歯科に入られるまでの経歴を教えてください。
東京と関西で、アルバイトも含めたらかなりの数のクリニックに勤務しました。いずれも一般的な町の歯科医院でした。のぶ歯科に入る前、最後に働いていた医院は患者さんの数が少なく、このままでいいのか…?と不安もあり、求人広告を見てのぶ歯科に転職しました。

ーのぶ歯科に入ってみて、いかがでしたか?
忙しさに驚きました。たくさんの歯医者を経験してきましたがダントツの忙しさ。慣れるまでに2年くらいかかりました。でも忙しい分たくさん経験ができて、毎日充実感があります。給与も前職と比べて4倍になりました。

そんな中、のぶ歯科で学んだことを3つ挙げるとしたら、

1 効率良く診療する工夫
2 保険診療に全力投球する姿勢(※のぶ歯科では自費もやっていますが)
3 患者さんの要望にどう応えるか

3つとも、のぶ歯科ならではの忙しさの中で身に着いたことです。

3については、患者さんのご要望に対して何を優先するか、出来ないこともある中でいかに患者さんの満足度を高めるか。そのあたりの駆け引きが多少できるようになった気がしていす。
のぶ歯科は開業前に必要なスキルが確実に身につく職場だと、自信を持っておすすめします。